proprller museum
Nakashima Propeller
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はじめに
第1章 動力推進の幕開け
第2章 動力推進器の黎明の時代
第3章 パドルからプロペラへ
第4章 プロペラの化学のはじまり
第5章 近代海運と大戦の時代
第6章 プロペラの性能の時代
第7章 プロペラの機能の時代
参考文献


5-5.ゴールデン・イヤーズの主役となった水上機
船と飛行機には、メカ好きの男たちの心をかきたてる何かが隠されている。とてつもなく大きく強い大海と大空のなかで、あれほど陽気に誇りに満ちた顔つきでロマンが語れるのは、メカが隠し持つ魔力のせいに違いない。その魔力に取付かれた男達にとって、1920年代は黄金の時代だった。1912年、フランスの富豪ジャック・シュナイダーは、水上機の発達を促すために、2万5000フランの賞金とトロフィーを国際航空連盟(FAI)に寄贈した。水上機は、平穏な水面をすべて滑走路にできるという点で、滑走路が未発達だった初期の飛行機に適していた。しかし、それにも増して好都合だったのは、いつ故障するかもしれない最新のエンジンでスピードを競う冒険飛行家たちだった。

彼らは競ってこのレースに出場し、1913年の第1回シュナイダー・レースではフランスの単葉機が73.63km/hで優勝。1921年の第5回ではイタリアが189.74km/hで優勝。そして、1933年にはこのレースのために作られたイタリアのレーサー、マッキ・カストロディM.C.72が682.08km/hの記録を樹立する。この記録は1961年8月まで水上機最高の世界記録だったばかりか、プロペラとして有効な実用速度を超えていた。現在ではこの速度の飛行機はすべてジェット推進に代わっている。●図2425文献2)は航空史上ゴールデン・イヤーズと呼ばれる時代に活躍した水上機である。

船舶界では1880年にプロペラの基本形態が完成し、1897年にはパーソンズが34.5ノットという、現在でも高速といえるスピードを記録した。航空用プロペラの発達はそれよりも遅かったが、1920年代の終りには、プロペラからほぼ限界に近い性能が引き出されていたのである。
ゴールデン・イヤーズの主役となった水上機
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